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転職ビッグバン
転職で適格な判断、決定が出来る様に!!外資系企業への転職を身近なものに!
リストラなんてぶっ飛ばせ!! この本をホームヘッドハンターとしてご活用下さい!


 
出版社 山下出版
定価 1,400円
著者 伊地知峻六
(潟_イナミックサーチ研究所
代表取締役)

−目次−

第一章 転職の世界とヘッドハンティング
第二章 インターネットによる転職
第三章 転職に成功する為のノウハウ
第四章 外資系企業の実情分析と転職
第五章 転職の世界で見る日本人の真の姿
第六章 七転び八起きの筆者の転職奮闘記
第七章 男一匹、一度は起業家を目指せ!
     サラリーマンのままで一生を終わるな!!

あとがき

 
 
 

 


転 職 ビ ッ グ バ ン

第7章「男1匹1度は起業家を目指せ」

■ 第1項 「終身雇用とサラリーマン社会の虚構」
■ 第2項 「起業するチャンス」
■ 第3項 「起業家としての成否の分かれ目」
■ 第4項 「起業した直後の注意点」
■ 第5項 「起業家としてスタートしてからの注意点」
■ 第6項 「起業家が一代で築き上げた会社の社風」
■ 第7項 「起業家志望の方が登録に来社」
■ 第8項 「起業して思うことは」

 

第1項より
「終身雇用とサラリーマン社会の虚構」


 バブル経済最盛期の頃までは、日本の終身雇用制がいかにも従業員を大事にする優れたシステムのようにもてはやされていたが、バブルが一旦はじけるとバケの皮が剥がれ、企業はおかまいなしにリストラという名の人員整理、首切りを始めた。最近では、企業が人員整理を行ってもたいしてニュースにもならなくなった。

 そもそも日本に終身雇用が存在したのかどうかが疑問である。もし仮にあったとしても公務員の世界の話であり、民問企業では大企業の一部を除いて存在しなかったと申し上げたい。

 企業が、右肩上がりの発展期は、新しい部署が増え、それによる人員の吸収と、人員の自然減、さらには子会社、関連会社への出向、転籍で、どうにか数合わせができており、これを終身雇用と称していただけである。

 日本の大多数を占める中小企業では最初から終身雇用など存在していない。

 それでは、これら企業を退職していった人たちは、その後どのようにしていったのであろうか。まがりなりにも終身雇用の時代は、とくに大企業からの転職者は、程度の差こそあれ脱落者のレッテルを貼られ、これが中途採用者に対する差別となっていったのである。

 また、会社に残って働く待に会社に対する忠誠心を失わせないようにするためには、辞めてゆく者を脱落者、脱藩者扱いする必要が会社にはあったわけである。

 したがって一度転職すると、これらの差別により本人がいくら頑張っても二度、三度の転職をせざるを得なくなる。ここには実力主義の世界などまったく存在しない。

 このようなことは、お互いわかっているので、大企業になるほど組織にしがみつくようになり、従業員同士派閥を作り合い、会社から同僚を蹴落とそうと必死になる。そして、生き残った者が昇進と終身雇用の栄誉を勝ち取ることになる。
このようなことが企業の中で続いていくと、組織が硬直化し従業員の士気は低下し、会社の業績低下に一層拍車がかかってゆく。

 企業の経営層は、このようなことにならないように手を変え品を変え対策を行う。「我が社は完全実力主義である」などと標榜するのもこのためであるが、もともと企業のトップ層に昇り詰めた人たちが派閥の力でのし上がったり、同僚を蹴落としたりして出世していった人たちであれば、これを聞く従業員も冷めた見方しかしないであろう。

 バブル経済がはじけて日本の企業がどしどしリストラの名のもとで人員整理を始めたら、それらの悪い面が一度にドッと吹き出してきたわけだ。

 バケの皮が剥がれた以上、「実のところいままでも終身雇用ではなかったんです」と宣言した上で、従業員が正当に実績で評価される本当の実力主義を採用し、従業員のやる気を引き出すようにし、同時に中途採用者への差別をすぐにやめさせ、正当に評価するシステムを作るべきである。

 中途採用者を差別するのであれば、始めから中途採用しなければよいのだ。

 この辺の突っ込んだところから出直さないと、日本経済の再生は難しいのではなかろうか。これまでの我が国の急激な経済成長は、公務員である官僚が優秀であったせいではない。もし優秀であったなら、こんなに簡単にバブル経済になり、はじけたりはしないであろう。また、我々にもう少し国の富が還元され豊かになったことであろう。

 急激な経済成長はあくまで戦後の焼け跡の中から、我々が必死になって働き、努力してきた結果であり、成長期にはただその収穫をしているに過ぎないのである。そしてその収穫が終わってみたら国債という名の大借金が残ったのである。

 バブル経済絶頂期の平成二年の一月、筆者はヘッドハンターとしての一歩を踏み出した。が、この頃は突然電話してもたいていの方が話を聞いていただけた。ヘッドハンティングという言葉が世に出て間もない頃で、また、多くの企業がどんどん中途採用を行っていた時期だったからである。

 しかし、バブル経済がはじけてみると、バブル絶頂期に中途採用された人々は、真っ先にリストラの対象になっていたり、転職していった同僚が転職先で中途採用の差別の悲哀を味わい、再度転職していったりで、「転職はやっぱり損だ」との認識を持ち出した。そして、よっぽどの好条件でないと転職しない風潮になりつつある。

 このことは世の中が不景気になったせいもあるが、実際はヘッドハンティングという名が先走りし、ヘッドハンティングされても、所詮中途採用の差別の悲哀を味わうだけとの認識が広まったせいである。

 企業はリストラの名のもとに希望退職や解雇をどしどし行っているが、従業員をクビにするのであれば、今度は中途採用者を決して差別するようなことは行ってはならず、正々堂々と正当に評価すべきである。

 勢いを付けた人材流動化の波は、いろいろと試行錯誤を重ねながらこれからさらに大きなうねりとなっていくであろう。失業率が4.3%にまで上昇した現在、隠れた優秀な人材を、むしろ企業側から鵜の目鷹の目で探さねばならず、このようなとき人々の転職の気持ちに冷水をぶっかけるようなことはしてはならない。企業が自分で白分の首を絞めるだけのことである。

 

 

第3項より
「起業家としての成否の分かれ目」


 筆者がかつて最初に転職した大手光学器械メーカーはD社で、大型赤外線装置の営業を任されたときのことである。

 まず、市場調査、マーケティングから、競合メーカーの動向、性能比較、他社製品の販売台数・欠点の洗いだし、カタログ・販売資料の作成、展示会への出展、総計1万通以上のダイレクトメールの発送等、ありとあらゆる事を行い、少しずつ販売効率を上げていった。それまでのD社の一般大衆向きの製品と異なり、高価な産業製品であったため、筆者はドラスチックに販売方法を切り替えざるを得なかったのである。しかし、このことで筆者の上司や上層部の不評を買うこととなった。

 もしここで会社の上層部にいわれるままにことを運んでいたら、強力な競合メーカーに簡単に圧し潰され、売れないことがはっきりしていた。このことはどんなに上層部に進言しても、わかってもらえなかった。

 上層部にいわれるままにやったら売れない。自分の考え通りにやったら売れ出した。しかし上層部の不評を買う、というジレンマに陥ってしまったのである。

 ここで筆者は実績を上げて、あくまでその実績をみてもらおう、そうすれば少しは筆者に対する風当たりも弱まるだろうと考えた。

 しかしながら、販売実績を上げても、一旦買った上層部の不評はもとには戻らなかった。

 むしろ、実績を上げれば上げるだけ、実績に比例して筆者の評価は下がっていったのだが、サラリーマン社会ではそんな力学が働くのである。

 ここで、申し上げたいことは、この頃の筆者の必死の努力は起業してから大いに役立っていいるということだ。このときの経験なしには会社を起こしてもうまくいかなかったかもしれない。

 次に転職した親戚の社長が経営する繊維インテリア関連の会社では、前述のように自分の体力ギリギリまでがんばって仕事をした。寝ること、食うこと、そして1日14〜16時間仕事することの繰り返しであり、そのとき肌で感じ取った小売店への直接販売方法は非常によい経験だった。

 やっていることはたいへんだったが、これら大手光学器械メーカーと中小繊維インテリア商社での2つの経験がなければ、起業してもうまくいかなかったと思う。

 筆者の経験から、起業してもうまくいくかうまくいかないかの分かれ道は、どれだけ激しい仕事をどれぐらい長時間してきたかによると申し上げたい。

 ここでいう激しい仕事とは、必ずしも肉体労働のことだけをいっているのではない。必死になって知恵を絞りだし、少しでもよかれと思う方策があったら労力をいとわずにドシドシ実行してみることだ。そして、それらの方策を完全に自分の経験、知恵をして身につけることである。

 少しくらい、上司とぶつかっても気にしていてはだめである。ここがサラリーマンとの別れ道である。一生、サラリーマンで通すのなら、まず上司のご機嫌をうかがわねばならない。どんなに業績を上げても、上司に睨まれたらおしまいである。

 筆者にこれらのことから、サラリーマンで出世し成功することと、起業家として会社を作って成功することとは全く相反することであると結論づける。サラリーマンで、とりわけ大企業で昇進してゆくタイプは起業家としては成功しない。

 学校を卒業して、すぐ自分の力だけで起業する人はあまりおられない。まずたいていの人はどこかに会社勤めするこのととなろう。いずれ起業しようとの方針を打ち出したら、上司への無駄なごますりをやめよう。やる時間があったら、その分仕事に精を出したらよい。必死に努力し心身症になるくらいまでやったら潮時である。独立へスタートすべきだ。これぐらいやれば成功するだろうとの輪郭が頭の中に浮かび上がってくる。

 世の中、起業流行りで、起業塾や起業のための雑誌等があるが、一番肝心なことは、起業する前に並のサラリーマンよりも何倍も必死に努力することだ。アイデアだけ先走っては失敗する。

 筆者の場合、人材紹介業を起業するについて、失敗することなど全く考えられなかったし、全く不安もなかった。「ほかに成功している人がいるではないか!それなら自分のいままでの経験、苦労をみてみろ!俺より激しい、厳しい経験をしてきているものは、そうザラにはいないはずだ。それなら成功して当たり前だ」という気持ちであった。

 起業というのは面白いもので、一度やって軌道に乗ってくると、さらに「どんな分野でも起業し成功させられる」という自信がわいてくる。

 ただし、いままですべて順風満帆だったわけではない。1度ズッコケかけたが、このときも昔の経験が役に立った。激しい経験をしておれば逆風にはさらに強くなるのである。 

 

 

第4項より
「起業した直後の注意点」


 平成10年9月3日付日本経済新聞に、起業家が成功する秘訣は「独自の視点からの戦略立案と同業者間の情報交換」との記事が載っていた。これはアメリカ・コロンビア大学ビジネススクールの研究チームが調査結果をまとめて、オペレーションマネージメント学会で発表したものである。興亡が激しいニューヨーク・マンハッタン地区のホテル業界を100年にわたりケーススタディした結果で、ホテルだけでなく製造業にもあてはまるという。

 マンハッタン地区は過去100年間で425のホテルが開業したが、その内300は廃業に追い込まれたという。

 研究チームが成功したホテルの経営を詳しく分析してみると、それらは開業前に設備や部屋の配置、料金設定等、先行事例を詳しく調査し経営方針を明確に定めていた。

 しかも、開業してからも同業他社の情報を頻繁に入れて経営方針を修正していたという。

 また、報告では「経営が一旦軌道に乗ると、情報収集を怠り衰亡につながった例が多い」と指摘している。
筆者が申し上げるように、起業するならゴマスリをやめて、その分必死に頑張ればよいのだ。そうすれば同業他社の情報等は案外と耳に入ってくる。

 そして、極めて多くの情報から起業するために必要な情報だけを選択する能力にも磨きがかかつてくる。かつ必要な情報だけで、自分の起業のための方程式を組み立てることができるようになるのである。この方程式を何回か練り直したのち、最終的に起業するための解が見つかるのだ。

 さらには、起業し順調にスタートしてからが危ない。この方程式はこれからも何回も、おそらく事業を続けていく限り、修正していかねばならない。

 起業するためのアイデア、情報は起業塾や起業のための情報誌に書いてあるわけではない。金を出して買えるものでもない。起業塾等では、ただそのプロセスを教えるだけである。

 ただし起業のためのアイデア、情報はどこにでもころがっているのである。ころがっている石をどのように磨けば水晶になるのか、どのように処理すればダイヤモンドとして光り輝くかは、本人がどれだけ人一倍努力したか、汗を流したかにかかっている。

 


第6項より
「起業家が一代で築き上げた会社の社風」


 起業家が一代で築き上げた会社はどこかにモメンタム(勢い)があり、社風も明るく、辞める人も少ない。

 日系企業であれ、外資系企業であれ、起業家が創り上げた会社で、起業した本人が生きていてにらみをきかしているうちは、社内にどことなく活力がある。一歩足を踏み入れただけで、また電話を入れて返事を一つ二つ聞いただけで、何か生き生きしたものを感じるから不思議である。

 アメリカの会社でいえば、ローレンス・エリソンが起業したデータベースソフトウェアのトップメーカiであるオラクル社であり、ビル・ゲイツが起業したパソコンOSのマイクロソフト社・スタンフォード大学の科学者が1984年に起業したシスコシステムズ社等である。いずれも知らない人はいない超優良企業であるが、これらの会社の日本法人に一歩足を踏み入れてみても、電話一本入れてみても、何かしらシャープな生き生きとした反応を感じるのである。これらの外資系企業では離職率は日系企業より高い。しかし、会社に躍動感があり、社内が駆け足しているようである。

 日系企業でいえば、稲盛和夫氏の起業した京セラや、創業者は亡くなったがソニー、本田技研工業のような企業である。

 起業した当初は、どのような会社も勢いがあるのだろう。しかし、その勢いが継続していくかどうかは次の世代の経営者の力量による。

 歴史を振り返ってみても、どのような大帝国もその繁栄ゆえに慢心し没落してゆく。

 サラリーマン時代に苦労を重ね、その苦労をバネに起業に成功しても、慢心したときに、峠を越してしまう。結局、人間死ぬまで切磋琢磨しなければならないということだろう。

 

 

第8項より
「起業して思うことは」


  著者は、人材紹介業を起業して9年目であるが、バブル経済崩壊直後の平成5年ごろには企業からの求人がほとんどストップし、資金が続かなくなり窮地に陥った。まだ設立して3年も経ってない頃で蓄えもなく、経費を極力切り詰めてどうにか助かった。

 起業したのち、この用に危機が訪れた時も、独立する前に多様でい激しい経験をつんでいると、その対処法が自然とわかっている。

 しかしこれらの危機も、サラリーマン時代に遭遇した陰湿なイジメや足の引っ張り合い、中傷合戦等よりもましである。それらに対処する事はうしろ向きのエネルギー消費であるが、起業してからの危機への対応は、諸々の雑用を含めてすべての前向きのエネルギー消費なのである。これら危機への対応はちっとも苦にならず、むしろ楽さえある。著者が最初に転職した大企業のD社および中小インテリア商社では誰にも負けないくらい必死に頑張ったが、それでも純粋に仕事に使ったエネルギーは全エネルギーの2割くらいで8割くらいは仕事と直接関係ない、同僚との酒飲み、カラオケ、麻雀、それにダラダラしたミーティング、社員旅行等であった。自分で必死に仕事したと思っても、サラリーマンではこの程度なのだ。

 しかし、起業したら自分の能力のすべて100%を仕事につぎ込まなければならない。うしろ向きのことには、一分一秒たりとも時間を使ってはならないオール・オア・ナッシングの世界なのである。 

 サラリーマン時代、心身症になり、必死になって働いてるときは、何かしら世の中のすべてが自分に敵対しているように感じた事もあった。だが、独立してみると、世の中が自分のために、いつも楽しく応援してくれているように感じる。アメリカのサラリーマンは独立意識を強く持っており、大学の先生でさえ、時折企業して会社を創るくらいである。

 一方、日本のサラリーマンは欧米のサラリーマンと比較し、いままで詳述したようにはるかに激しく陰湿なイジメや足の引っ張り合いを行う。

 それでは、なぜ日本のサラリーマンが起業しないのだろうかと、まったく不思議でならない。起業という言葉は、行動が、やっと社会的に認知されたばかりの日本では、まだまだ会社を去っていくものはどこか、悲愴感があり、晴れ晴れと「勝ってくるぞと勇ましく」というわけにはいかない。

 平成10年9月12日の朝日新聞に、ある人材紹介会社が銀行証券等金融関連企業に従事するサラリーマンを対象に行った意識調査を発表している。このアンケート結果によると、銀行員の7割、証券マンの6割が会社に悲観しているという。そして多くのサラリーマンが、会社の将来に不安を感じて転職を考えているという。

 銀行員と言えば大学生の就職先としてもっとも人気のあるところの一つであり、2、3年前までは、このような結果が出るとは想像だにできなかった。

 バブル経済崩壊後の日本経済のドラスチックな変革は、これから先否応なく人材の流動化を加速させるであろう。会社にしがみつき、同僚社員の足を引っ張り、中傷するようなことが割に合わない事だと誰もが自覚するようになり、より国際化の方向に進んでいくことだろう。

 著者が起業し、一人で小さなオフィスを構えて一段落して、ふと感じた事は、サラリーマン時代と比べ、頭の上の重石がなくなり、肩のつっかかい棒がなくなり、足枷がなくなったことだ。

そして、そらは晴天のように感じたものである。

 

 


第一章 転職の世界とヘッドハンテイィング 第二章 インターネットによる転職
第三章 転職に成功する為のノウハウ 第四章 外資系企業の実績分析と転職
第五章 転職の世界で見る日本人の真の姿

第六章 七転び八起きの筆者の転職奮闘記

第七章 男一匹、一時は企業家を目指せ! あとがき
転職成功者からの手紙  

 

 
 
 
 
 
 
 
   
 

 

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