第4項より
「旧共産圏諸国で勤務してみて」
筆者は、大学卒業後入社した会社の3年目の終わり頃、旧共産圏の東欧諸国に駐在することとなった。
今では、中国もほとんど資本主義国家と化し、実際の共産国家は北朝鮮ぐらいになってしまったが、共産国家とは聞きしに勝る、非効率的で、官僚的で、貧しく、人々のやる気を削ぐところであった。実際住んでみて、すぐに、いずれは崩壊していくシステムであろうと直感されたものである。
学生時代、左翼思想に傾斜していた筆者にとって、理想と現実の極めて大きな落差は自分の頭の中のものを上下180度ひっくり返してしまうぐらいのショックがあった。
しかしながら、しばらく住んでいるうちに、少しずつこれらの官僚的で貧しい国々で素朴で質素な生活をしている人々に何かしら愛着みたいなものを感じるようになった。
赴任後しばらくして、小さなBMWを購入し、国から国へと忙しく働くようになった。これら共産圏に住んでいる一般のサラリーマンは、駅の切符切りからレストランのウェイターまでほとんど公務員なのであるが、日本の会社勤務のサラリーマンより物質的に恵まれていなくてもはるかに幸福なのではないか、と自問するようにもなった。
日本のサラリーマンのように、よく統制がとれていて、ほとんど社畜化され、長時間残業や激しい勤務にもたいして文句を言わず、ただ従順に働く姿は、日本の経営者から見ればすばらしく”優秀な”勤労者であり、民族であると映るのだろう。しかし、かって日本のサラリーマンであった筆者から見れば、哀れな牧場のホルスタイン牛のようなもので、いずれは首切りにあい、処分されていく運命の単なる家畜ではないかと映る。
旧ドイツ領であったポーランドの大化学工場で3週間くらいずつ何回か働く機会があったが、ここでの勤務は朝7時出勤で、ぶっ通し午後2時までであった。しかし、一応昼食なしではあったが、パンやソーセージ等を食うことは許されていた。
午後2時になると全員が一斉に退社し、保安要員以外、誰一人として残業している者はいなかった。まるで毎日が半ドンみたいであり、これで完全週休2日制でもある。これでは国の経済力は成長しないであろう。
ポーランドの夏は夜9時半頃まで明るい。午後2時から暮れるまで、みなそれぞれにサッカーをしたり、農作業をしたり、あるいは家の修繕をしたり、毎日を充実して生活しているようであった。物質的には極めて貧しい生活であり、また政治的にも抑圧された中での人々の生活であった。筆者は、よくポーランド人の自宅に招かれていったが、強いポーランドウォッカを飲みながら聞かされることは、ほとんど共産主義ロシアへの恨みつらみであり、そして「一生のうち一度はパリへ行ってみたい」という願いであった。しかし日本のサラリーマン生活と比べると、彼らの生活にはどことなく潤いが感じられた。このことはポーランドのみならず他のすべての東欧諸国、そして筆者がその後赴任していったスカンジナビア諸国でも、まったく同じように感じられた。
平成10年8月28日の朝日新聞に、元電通社員で24歳にして”過労”から自殺していった社員の労災認定の記事が出ていた。日本でトップの広告代理店、電通に入社して自殺するまでわずか1年4ヶ月、記事によると「電通に入社してから翌年1月には週1、2回は午前2時過ぎまで残業、1月から8月に自殺するまでの間、午前2時以降の退社は66日に上った。8月は午前6時半までの残業が3日に1回、徹夜勤務は六日に及び、『人間としてもう駄目かもしれない』などともらしていたという」ことであった。
電通という超1流企業では”自浄作用”は働かなかったのであろうか!周囲の同僚、上司は少しくらい気遣ったり手を差し延べることをなぜしなかったのであろうか!
これでは、物質的には貧しくても、また秘密警察の監視のもとであってもポーランドの勤務者のほうがはるかに幸福であろう。
24歳で自殺した電通社員のケースは、日本の大企業では決して極端なケースではない。自殺にまで追い込まれなくても、その1歩手前までのケースはごくごく日常的なのだ。日本の戦後の驚異的経済成長は、官僚が優秀であったせいではない。軍備に金を浪費しなかったせいでもない。ましてや政治家の政策が優れていたせいでもない。ただ単に日本の私企業のサラリーマンが、時には自殺者や心身症患者を出しながらも必死に働いてきた結果に過ぎないのである。
必死に働いてきたサラリーマンに、ある日突然のリストラ解雇。これまでは企業の「これくらいやらなければやってゆけません」という論理で妥協したとしても、日本の企業の中途採用者をなかなか採用しないシステム、中途採用者への差別、イジメ等の社会の歪はいますぐ正さなければならない。 |